大きな挑戦の先で直面した試練。清田英輝氏が語る、経営者としての転機

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営業会社として事業を伸ばし、売上規模も3億、5億へと拡大。人材採用やM&Aにも取り組みながら、清田英輝氏は経営者として着実に歩みを進めてきた。

一方で、当時の清田英輝氏の心の中には、どこか言葉にしづらい違和感もあったという。

「今振り返れば、違和感はあったのだと思います。ただ、その時は自分でも気づいていませんでした」

事業が成長し、経営者として次のステージを目指していた頃。清田英輝氏は、あるスタートアップ事業との出会いをきっかけに、大きな挑戦へと踏み出すことになる。

それは、AIを活用した防犯カメラ事業だった。

当時、日本では防犯カメラの普及が海外に比べて進んでいないと言われていた。その背景には、プライバシーへの配慮や「見られている」という心理的な抵抗感があった。

そこで注目されたのが、AIによるモザイク機能を備えた防犯カメラだった。通常時は人物にモザイクがかかり、必要な場面でのみ確認できる仕組み。防犯とプライバシー保護を両立できる可能性を持ったサービスだった。

「これは日本に必要な事業だと思いました。しかも、ワンコインに近い価格帯でサブスク利用できるようになれば、もっと広がる可能性がある。すごく夢のある事業だと感じました」

そのビジョンに共感した清田英輝氏は、出資を決断する。

当時、最も多く出資している人物の金額が3,000万円だと聞くと、清田英輝氏も同額の3,000万円を出資した。

「詳しいことをすべて理解していたわけではありません。ただ、事業の未来や発起人の想いに強く惹かれました。100億を目指すなら、もっとすごい人たちと関わりたい。そういう気持ちもあったのだと思います」

清田英輝氏にとって、それまでのM&Aは既存事業を買収し、価値を高めていくものだった。しかしこの挑戦は、まだ何もないスタートアップに未来を託すものだった。

うまくいけば、何百億、何千億という企業に育つかもしれない。そんな期待を胸に、清田英輝氏は事業に参加した。

出資者としてだけでなく、営業面でも力を貸すことになった清田英輝氏。発起人からも歓迎され、事業は順調に進んでいるように見えた。

資金調達にも関わり、大企業からの出資も見え始めていた。あとは販売台数を伸ばし、体制を整えていくだけ。清田英輝氏自身も、営業の中心として事業を前に進めていこうとしていた。

しかし、ある料金プランやインセンティブ設計をめぐって、関係者間で認識のズレが生じる。

取締役陣の同意を得て進めていたはずの販売プランに対し、後になって「そんなプランは聞いていない」という声が上がった。

そこから状況は一変する。

関係者の間で対立が深まり、清田英輝氏や代表者に対して、不正な取引があったかのような内容が発信されるようになったという。長文のメッセージが繰り返し送られ、インターネット上にも情報が広がっていった。

「僕自身は何もやっていないという思いがありました。だから、認めるわけにはいかなかったんです」

一方で、インターネット上での情報拡散は、清田英輝氏の会社にも大きな影響を及ぼした。

金融機関からの信用にも影響が出た。事情を説明するために何度も面談に行ったが、金融機関は慎重な姿勢を崩さなかったという。

融資が通らない。口座も作れない。住宅ローンの審査にも影響が出る。

それまで積み上げてきたものが、目の前で崩れていくような感覚だった。

「最初は、本当に嫌だと思いました。体重も56キロぐらいまで落ちました。今は75キロありますが、当時は周りから見ても分かるくらいだったと思います」

しかし、その苦しい時間の中で、清田英輝氏の内面にも変化が生まれていく。

最初は「自分は悪くない」と思っていた。だが、時間が経つにつれて、自分自身の責任にも目を向けるようになった。

「自分にも悪かったところがある。人に任せすぎていたし、確認すべきことを確認していなかった。そこは経営者として甘かったと思います」

会社が大きくなる中で、人に任せることは必要になる。しかし、任せることと任せきりにすることは違う。

最終的な責任を負うのは、社長である自分自身。その現実を、清田英輝氏は痛感した。

また、危機的な状況の中で、人間関係にも変化があった。

助けてほしいと頭を下げた相手が、思わぬ行動を取ることもあった。信じていた人が、事業だけを持っていこうとするような出来事もあったという。

「そういう時だからこそ、人の本音が出るんだと思います。でも、それも自分が招いたことです。自分が社長として、しっかり見られていなかったから起きたことだと思いました」

清田英輝氏は、これまで共に働いてきた人たちとの関係を整理する決断をした。

人を切ることができない性格だったという清田英輝氏にとって、それは簡単な決断ではなかった。

それでも、「今までありがとう」と伝え、会社を立て直すために必要な選択をしていった。

2024年の終わり頃から2025年にかけて、清田英輝氏は徹底的に整理と再建に向き合った。

インターネット上での出来事も含め、自分自身を見つめ直さざるを得ない状況だったという。

「今回のことがあったからこそ、会社をちゃんと立て直すことができました。僕自身も、自責で考えて、自分が変わらなければいけないと思えました」

清田英輝氏は、この経験を通じて、ようやく本当の意味で経営者になれたと語る。

「会社が小さいうちは、自分だけの責任で済むかもしれません。でも会社が大きくなると、自分の判断ひとつで周りにも大きな影響が出る。任せていたとしても、トラブルが起きた時に責任を取るのは社長です」

経営者の仕事とは、決断すること。そして責任を取ること。

清田英輝氏は、苦しい経験を通じて、その重みを深く知ることになった。

過去の出来事は、決して簡単に語れるものではない。関係者同士で向き合い、解決すべきこともある。

ただ、その経験を経た今、清田英輝氏の視線は未来へ向いている。

人と企業を再生する。もう一度前を向くきっかけを提供する。

清田英輝氏がこれからどのような未来を描き、どのような事業に取り組んでいくのか。

次回は、その未来への想いに迫っていく。

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